見性とワンネス
昨日の記事のコメントでも少し書きましたので、今日は見性とワンネスについてさらに書いてみたいと思います
見性(けんしょう)というのは仏教用語で、特に禅宗などでよく使われます
意味としては、人間に備わっている根源的な本性を見ることを言います
では、その本性とは何でしょうか?
それは本来、穢れのない、清浄な魂であり、仏性を備えた存在だということです
禅では、それを感得することが悟りだと、とらえているところもあります
ただ、曹洞宗などは、ちょっと違って、こうした見方はしません
私たちは、ふとした時に、こうした自身の実相を感じ取る瞬間というものがあります
たとえば、綺麗な景色を見ていて、我というのものが消え去ったようになり、大自然と一体となったような感覚になることもあります
これは昨日述べましたように、自然の美しさと、自身の魂の本来の美しさが共鳴し、渾然一体となった時です
これもワンネスの感覚の一つと言ってもいいでしょう
また、ご自身の魂を浄化していき、汚れを取り除いていったときに、世界が美しく見えたり、世界の清らかな実相を垣間見るような瞬間が訪れたりします
こうした体験というのはワンネス体験ともいえるもので、仏教では見性といわれるものでもあります
これは真実の実相世界の姿を垣間見る瞬間です
そうした体験をしていくと、人生の深みにもなっていくでしょう