
前回は、外に置いていた神を自分の内に見いだしなおす段階を見ました。
その歩みの先には、どんな世界が広がっているのでしょう。
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前回は、地上へ光を送り届けている統合界と、そこで働く魂たちのことを見ました。
そこからもう一歩進んだところに、第五段階と呼ばれる場所があります。
言葉にしてしまえば短いものです。
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魂の本当の姿は光の塊のようなものなのか、それとも何かの生き物のような形をしているのか、という質問をいただきました。
亡くなった後にも人の姿をしていると聞けば、その姿が魂そのものなのだと考える方もいるでしょう。
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前回は、自分の願いを叶えるための祈りから離れて、誰かのための通り道になっていく魂を見ました。
その途中で、こうした魂が還る先として統合界の名前を出しました。

臨死体験の記録を読み比べていくと、同じように死の淵をのぞいてきたはずなのに、語られるあの世の姿がまるで違っている事に気づきます。
光に満ちた花畑を歩き、先に亡くなった家族に迎えられ、言葉にならない安らぎに包まれたと語る人がいます。
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前回は、自らを研鑽し、世の役に立った魂が還っていく叡智界を見ました。
その叡智界に住む魂のなかから、あるとき向きの変わる人が出てきます。
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前回は、神という言葉をひとつも使わないまま、自分の内側の基準で背筋を伸ばして生きる道を見ました。
今回は、そうやって歩いた魂が、肉体を離れたあとにどこへ落ち着くのかという話をします。
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前回は、道徳に目覚めた魂が還っていく狭義の霊界を見てきました。
今回は地上へ戻り、その学年からもう一段上がるときに、人の内側で何が入れ替わるのかを書きます。
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前回は、ご利益と罰の計算から離れ、善を善という理由だけで選びはじめる心を見てきました。
今回は舞台を死後の世界へ移して、そうして道徳に目覚めた第二段階の魂が住む層を書きます。
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